拙作 あたし 待ってるから

和子の口癖だった

 

あたし 待ってるから
いつまでも待ってるから

 

一人前に程遠いオレを選び
文学崩れに 自分を賭けた

 

せっせと働く傍らで
一文にもならない言葉を綴る

 

家庭のため 二人のため オレのため

 

あたし 待ってるから
いつまでも待ってるから

 

夕食時間 得意の野菜炒めを作り
オレのコップにビールを注ぐ

 

書いたの?
ああ
応募するの?
ああ
印刷できてる?
ああ

 

翌朝 和子が投函するも 来ない結果がお決まりだった

 

あたし 待ってるから
いつまでも待ってるから

 

もがくオレは 才を疑い 才を嘆き 才に唾棄した
つなぎでオレが遅く帰ると 和子の瞳が微かに光った

 

あたし 待ってるから
いつまでも待ってるから

 



 

時折パソコンに向かう
ワープロソフトを立ち上げ 腕組みをし 
うんうん唸るも 才の雄叫びが出て来なかった

 

書かないオレに 和子が鋭い視線を投げつける
たまらなくなり つかみ合いになる

 

物理的にも精神的にも互いに傷つけ合いながら
夜は伴にする
おれの腕の中で いつもの言葉が囁く

 

あたし 待ってるから
いつまでも待ってるから

 

和子が病院通いを始めたのも オレが書かなくなってからだった
胸の痛みが増し 入退院を繰り返すようになった
オレは慣れない背広姿で 契約を全うし続けるだけになった

 

十年一昔

 

オレは河川敷に立っている
御影石の中に 和子の文字がある
春になれば 桜が乱れ 風に導かれた花々が
川面をピンクに染める

 

オレの耳から離れない
オレの中から消えない

 

あたし 待ってるから
いつまでも待ってるから

 

今ならはっきりと応えられる

 

待たせてばかりで ゴメンな