オールカマーと言えば、みんな来いねで、浦和のアウトランセイコー

今週の日曜日(2016年9月25日)、中山メインレースで、産経賞オールカマーが行われる。1955年に創設され、今年で62回目の開催となる。先の大戦後に実施されたとはいえ、すでに中央の伝統的な重賞競走と言っていいだろう。

 

わたしにも、オールカマーに対する思い出がある。的中馬券で儲けた、という類ではなく、オールカマーと聞くと、毎回ある人を思い出す。

 

1980年代半ば頃から数年間、日経別館で清掃バイトをしていた。わたしが見つけたバイト先というよりも、南浦和で別な清掃バイトをし、一緒に仕事をしていた人に誘われた。日経別館では責任者であり、ずいぶん迷惑を掛けたり、お世話になったことがある。彼は大宮に住み、わたしは浦和であったので、帰りの電車は大抵同じだった。

 

ある人とは、責任者のことである。競馬が大好きで、会う度に話題にしていた。若僧だったわたしは、聞いてあげるか、という気持ちで、耳を傾けていた。しかし、次第に引き込まれ、後々自分自身でも馬券を買うようになった。彼のおかげで競馬の楽しさを教えてもらった。

 

その責任者が、この時期になると、必ずと言っていい程、オールカマーのことを口に出していた。日経別館の地下にあるボイラー脇の休憩所で、待機していると、

 

「オールカマーね。みんな来いね。どれが来るんだろうね」

 

栃木出身ということで、わたしのような者には、ミッチー(故渡辺美智雄)のような口調に感じた。みんな来いとは、中央所属馬ばかりでなく、地方所属馬も出走できるという意味である。今では、外国調教馬も出走できるということで、だいぶ変わったな、と毎年のように感じている。

 

先の責任者が口にしていた頃は、交流競走も、それ程多くなかったと思う。記憶では、オールカマーと大井の帝王賞のみであり、いわば公式に地方所属馬が出走できたのがジャパンカップだけだったと思う。わたしが競馬から遠ざかり始めた1995年は、開放元年と呼ばれているが、オールカマーが国際競争になったのも、その年である。

 

やはり、時代は変わり続けるのだろう。

 

けれども、若い頃に身に着けたものは、なかなか抜け切れないものだ。オールカマーね、みんな来いね、が頭にこびりつき、オールカマーは地方所属馬のレース、と勝手な思いが出て来る。同時に、そうであるからこそ、今では南関競馬もチェックしているので、南関で見た馬が出てこないかな、と第二次現役時代真っ只中のわたしは、毎年思っている。

 


- 参考画像 : 2017年京成杯-中山競馬場 -

 

そう言えば、わたしの第一次現役時代であった1990年のオールカマーに、浦和所属馬が出走した。ハイセイコーの子であるアウトランセイコーであり、その年の羽田盃と東京ダービーを制覇した南関東二冠馬だった。二番人気に押され、かなり話題になっていたと思う。

 

しかし、結果は17着であり、大敗と言ってよかった。当時は、テレビ埼玉(今のテレ玉)の競馬番組などを毎週チェックしていた。浦和所属馬であるので、解説者などが大いに期待した言動を吐いていたと記憶している。

 

その頃のわたしは、まだまだ駆け出しの競馬ファンであり、浦和競馬の存在を知っていても、実際に馬券を買ったことがなかった。けれども、どこかしら地元意識があったのだろう。浦和所属馬ということで、自然とアウトランセイコーを応援していた。

 

テレビ観戦をし、しかも、記憶の中で失礼であるが、第四コーナーの直線に入るまでは、先頭集団に食らいつき、カメラにも映っていたと思う。しかし、徐々に引き離され、いつの間にか、カメラのレンズに入らなくなった。

 

このレースの馬券を買っていたが、的中することもなく、しかも、アウトランセイコーの期待はずれの姿を目にし、レース後、しばらくからっ風を浴びたような心持ちになっていたと記憶している。

 

その後、アウトランセイコーを見かけることはなかったが、後年調べてみると、ホッカイドウ競馬などに出走していた。もともと北海道から浦和に転厩して来たようなので、帰郷した競走馬とも言えるだろう。

 

今年のオールカマーには、地方所属馬が出走しないようだが、すでに交流競走などが当たり前になっているので、わざわざオールカマーに照準を当てなくてもいいのかもしれない。しかし、わたしの中では、自分で経験したことがありありと脳裏に刻まれている。

 

オールカマーと言えば、みんな来いねで、浦和のアウトランセイコー。

 

おそらく一生このままかもしれない。

 

 

 



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