結果的にゴールドアリュールへの鎮魂レース 2017年フェブラリーステークス

本日(2017年2月19日)、東京競馬場でフェブラリーステークスが行われた。2017年のG1開幕となり、競馬ファンにとっては、待ちに待ったことかもしれない。

 

レースは、2番人気のゴールドドリームが勝ち、2着に5番人気のベストウォーリア、3着に1番人気のカフジテイクが入り、人気馬決着となった。ゴールドドリームは、最後の直線に入ると末脚を活かし、見事G1勝利を掴んだ。最後の直線勝負は、やはり中央競馬らしい見せ場であったと思う。

 

– netkeiba.com
第34回 フェブラリーステークス

 

けれども、このレースは、結果的に父馬のゴールドアリュールへの鎮魂レースであった。レース前日の18日に死亡ニュースが流れ、今回勝利したゴールドドリームとともに、コパノリッキーも父馬を亡くしたことになる。2頭が父に捧げるレースになるとの記事も目にした。

 

– JRAニュース
ゴールドアリュール号が死亡

 

コパノリッキーは、スタートした時点で、これなら勝てないと思った。先行逃げらしい前目の競馬であったが、勝利したレースのように積極的ではなかった。最後の直線では馬群に入ってしまい、昨年の帝王賞で勝ったような勇姿はなかった。しかし、ゴールドドリームが勝ったため、鎮魂レースに傷をつけることがなかったと言えるだろう。

 

しかも、父馬のゴールドアリュールは、2003年のフェブラリーステークスを勝利している。鎮魂に父子制覇も加わり、2つの意味でゴールドアリュールがキーとなった。もしかしたら、競馬ファンの中には、思い出深いレースになった人もいるかもしれない。

 

 

正直、ゴールドアリュールが活躍していた頃は、競馬から一時期離れていたため、現役時を全く知らない。再開してから、出走表の父馬欄で名前を見る程度である。それでも、Yahooニュースでゴールドアリュール死亡の記事を読み、驚いたことは確かである。産駒関係者に対しても良かった、と表現しても、不謹慎にはならないだろう。

 

 

そう言えば、フェブラリーステークスは、かつてはフェブラリーハンデと呼ばれていた。1984年創設のレースであり、今回が34回目というのがグレード制導入の年に作られたことを物語っているだろう。現在では、レジェンドと言えるミスターシービーやシンボリルドルフなどが、現役馬だった頃のことだ。

 

これはわたしが競馬を始めた第二次ブームでも、同様だった。当初はG3のレースで、その後G2に格上げされ、G1になったのが1997年である。その年であれば初婚の頃であり、競馬は全く眼中になかった(笑)。だが、90年代始め頃であれば、事情は異る。フェブラリーハンデと言えば、荒れるレースであり、難しいと聞いていた。確かに結果を振り返って見ると、すごいものもある。

 

代表的なものが1993年のレースで、1着が7番人気、2着が8番人気、3着が2番人気である。当時は、馬連が新鮮な時代であったので、多くの人が馬連万馬券を取りたがっていた。この年では、2万円近い馬連となり、3連単があったら一体いくらになっていたのか、とつい考えたくなる。

 

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第10回フェブラリーハンデ(G3)

 

もっとも、現在のフェブラーステークスでも、時に人気薄が馬券に絡むこともある。最近では、2014年のコパノリッキーである。16頭中16番人気の馬が勝ち、ビックリした競馬ファンも多かったことだろう。わたしもそのうちの一人であったが、その後のコパノリッキーの活躍を見ることで、決してフロックではなかった、と納得した人も多いかもしれない。

 

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第31回 フェブラリーステークス

 

ともあれ、中央競馬のG1が開幕した。今年はどんなドラマが演じられるのか、一競馬ファンとして楽しみでもある。しかし、個人的には、まだまだ「馬券道」を極められない。おそらく答がないものであろうが、ワイドと複勝の自称「変則三連複」を取っても、大きなトリガミに変わりはなかった。別なカミに憑かれたい、と思いながらも、常時メガミの微笑みを受けるには、程遠いところにいるのかもしれない。

 

長くなった。今回はこれまでである。

 

 



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