思い出の一等星がハープスター

思い出に残るからこそ、競馬は賭け事のみではないと言えます。しかし、やはり賭け事であることに変わりはないので、心に残ったレースや競走馬とともに儲かったのであれば、なおさら忘れられない出来事になります。しがないオヤジの一人であるわたしでも、そんな思い出の競走馬がいます。しかも、約20年の空白期間を経て、再開した直後に出会った競走馬であり、その後、しばらく追い続けました。

 

その競走馬とは、ハープスターのことです。

 

約3年前(2013年)の夏、モヤモヤとしながらJRAのサイトを見ていました。再開したとはいえ、ほとんど当たることがなく、七夕賞でたまたまマイネルラクリマの単勝を当てたのみで、あとはかすりもしませんでした。おれには合わないのかなやっぱり、などと思いました。しかし、中途半端で止めてしまうと、完全に離れることができず、逆にずるずる宙ぶらりんのまま続けてしまいそうだったので、納得するまでやってみる、と思い直しました。格好を付けた言い方をすれば、引き際を踏まえながらプレーしているプロスポーツ選手のようでした。

 

そんな中でハープスターに出会うことになりました。情報の観点から現在とは異なり、グレードレースのみに投票していました。ちょうどG3の新潟2歳ステークスが行われることになり、ハープスターが出走しました。翌年の3歳クラシック戦線を占う上でも重要なレースでしたが、先述しているように、七夕賞以来、当たり馬券がなかったので、ほとんど背水の陣の気持ちでした。

 

JRAのサイトで出馬表を見ていると、内枠と外枠の組み合わせが適切では、と思いました。人気が集中していたこともありますが、ほとんど勘でした。しかも、追い詰められたような心境でもあったので、思い切って三連複を買ってみました。再開前の「現役時代」では、三連複の馬券がなかったため、即PATで投票するとはいえ、ドキドキした心境となりました。

 

また、現在では、毎週グリーンチャンネルで競馬を視聴していますが、その当時はまだ契約していませんでした。地上波で見ればいいのに、と思うかもしれませんが、個人的に実況がやかましいだけで疎ましく感じるので、テレビを付けることはありませんでした。その代わり、インターネットラジオでレースを聞いていました。媒体が違うとはいえ、伝統的な競馬の楽しみ方でした。(笑)。

 

ともあれ、ハープスターが出走した新潟2歳ステークスのスタートが切られると、食い入るようにラジオに耳を傾けました。第一コーナー、第二コーナー、第三コーナーと進み、いよいよ第四コーナーを回ることになりました。かつてとは異なり、日本一長くなった新潟競馬場の直線勝負です。実況アナウンサーの声から、さらなる緊張感が伝わって来ました。逃げる馬、追い上げる馬がゴールを目指していることが想像でき、何が来るのか、とドギマギしていました。そこへ、一頭だけ脚色が大きく変化した馬が駈け上がって来ました。すでにお分かりになったと思いますが、それがハープスターです。実況も興奮気味となり、一気の末脚で数頭をごぼう抜きにしました。

 

第33回 新潟2歳ステークス(GIII) (「PLAY」押下で動画再生)

 

レース直後、馬番が読み上げられ、1着17番、2着3番、3着18番でした。エクセルに自作の出馬表を作っていたので、三つの番号のセルの色が変わっていたことを確認しました。確定するまで心臓が高鳴っていましたが、正式に決まると、やったあ~、と独り声を上げました。そうして、恥ずかしながらも、両目から涙がこぼれてきました。柴犬のメスと暮らしているのですが、いつもと様子が違うと感じたのか、不思議そうな顔をしながら、わたしの側に近寄って来ました。

 

なかなか当たらない中、ようやくハープスターで当たり馬券を手にすることになりました。しかも、生涯初めての三連複であり、うれしさはもちろん、ホッとしたことも確かです。そうして、獲得したお金は、しばらく大事に使うことができました。悪銭身につかず、と言われますが、必ずしも競馬がそうとは限らないようです。半分はほかのレースの投票券代に回し、もう半分は生活費に利用することができました。こういうことがあったからこそ、ハープスターが忘れられない競走馬の一頭ともなっています。

 

新潟2歳ステークス戦後、ハープスターは、、阪神ジュベナイルステークスに出走しました。惜しくも2着となりましたが、年明けクラシック戦線の主役となることは明らかでした。その通り、アッパレの末脚で桜花賞を勝ち、オークスでも2着となりました。しかし、牝馬クラシック三冠レースの一つである秋華賞には出走せず、凱旋門賞に挑戦するため、札幌記念に回ることになりました。

 

 

札幌記念では勝つことができましたが、結局これが、最後の勝ちレースとなりました。翌年4歳となって、京都記念とドバイシーマクラシックに出走し、どちらも勝つことができず、早々と引退することになりました。現在では、繁殖牝馬となり、子供たちの活躍が期待されているようです。

 

以上、思い出の競走馬として、ハープスターについてお話してきましたが、実はあとになって、新潟2歳ステークスの映像を見てみました。上記でリンクを張っているJRAのサイトにおいてですが、直線勝負と言っても、ほとんどゴールから100メートルあるかないかのところで一気に先頭集団を追い抜き、レース自体も非常に楽しめると思いました。

 

傾向として、中央競馬では、最後の叩き合いに見所があると思います。大きなレース程、ハラハラドキドキすることが多く、そうだからこそ、たとえ当たらなくても、射幸心を解消できるのでは、とも感じています。これもまた、賭け事を越えた競馬の醍醐味のように思いますが、皆さんはいかがお思いになるでしょうか?

 

ともあれ、わたしにとって、ハープスターは忘れられない競走馬の一頭です。引退が早いように感じますが、それもまた、彼女の末脚と同様であり、少なくても、わたしの中では、記録ではなく、記憶に残る一頭ともなっています。

 

 



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