菊花賞の思い出は、斜光に彩られたミホノブルボンとライスシャワー

今週の日曜日(2016年10月16日)、京都競馬場で秋華賞が行われた。三歳牝馬三冠の最後のレースであったが、今年は三冠馬に王手を掛けた競走馬がなく、しかも、オークス馬も出走できなかったため、軸馬がいなかったと言えるかもしれない。

 

結果は紫苑ステークス2着であったヴィブロスが勝ち、先のスプリンターズステークスと同様、ゴール前で一気に先頭に踊り出し、優勝のゴールラインを駆け抜けた。レースとしては、「JRAらしい」末脚勝負であり、見ているこちらとしては、大いに楽しめた。

 

 

けれども、個人的には、牝馬三冠の最期のレースと言えば、エリザベス女王杯から抜け切れない。すでに古馬戦となって久しいが、第一次現役時代の感覚に囚われ続けている。秋華賞が創設されることを知っていたが、思い入れはない。そうは言いながらも、ヴィブロス関連の馬券を買い、的中できたので、今回の秋華賞が思い出のレースになるかもしれない。

 

ともあれ、秋のG1戦線が始まり、これから楽しみなレースが続々やって来る。そんな中でも、秋華賞以上に思い出があるのが、菊花賞である。今では10月実施が恒例のようだが、わたしにとっては、11月のイメージがある。ジャパンカップと同様、斜め掛かった日差しの中、サラブレッドがゴール板前を駆け抜けて行く風景だ。

 

菊花賞は、言うまでもなく、三歳牡馬三冠の最終戦であり、クラシックレースの一つでもある。歴史が長く、これまで数々のドラマを生み出した。そんな中でも、わたしの記憶にあるのが、ミホノブルボンとライスシャワーの対決である。

 

1992年の菊花賞であり、すでに四半世紀近くの月日が流れている。第二次競馬ブームの頃であり、レジャーとして競馬が認知され始めた時代だ。後年、シンボリルドルフから10年ぶりに三冠馬となったナリタブライアンが誕生するが、実はミホノブルボンも三冠に挑戦する権利を得ていた。

 

同年の皐月賞と日本ダービーを逃げ切り勝ちし、菊花賞では三冠馬の誕生があるのでは、と期待していた人も多かったようである。しかし、ナリタブラインと異なり、ミホノブルボンは二着に終わった。同年の菊花賞を制したのは、ライスシャワーであった。

 

ミホノブルボンが脚質通り逃げに入り、向こう正面では、ライスシャワーと十馬身程の差が開いていた。そうして、第四コーナーを過ぎた辺りでミホノブルボンが先頭に立ったが、ライスシャワーがミホノブルボンの背後に追いついていた。京都競馬場の直線勝負となり、あと数十メートルというところまで、ミホノブルボンが先頭だった。しかし、ライスシャワーの末脚が光り、シンボリルドルフ以来の三冠馬誕生とはならなかった。

 

 

わたしはテレビ観戦していたが、ミホノブルボンは三冠馬になれないのでは、と思っていた。専門的な根拠はないが、雰囲気として、少し物足りないのでは、と感じていた。また、通常であれば、スタート直後に先頭に立ち、そのまま逃げ続けるところを、このレースだけは第四コーナー辺りまで終始二番手だった。自慢にもならないが、最後の直線でようやく先頭に立った時点で、三冠馬誕生ならず、と確信していた。

 

だが、このレースで最も印象に残った点は、ミホノブルボンもライスシャワーも四枠に入り、ゾロ目決着であったことだ。どちらも真っ青な帽子であり、妙に頭にこびりついた。これもまた、競馬の面白さかもしれない。

 

この後、ミホノブルボンとライスシャワーの道程は、両極端と見なせるだろう。ミホノブルボンは、怪我により、翌年に引退してしまった。菊花賞が最後のレースとなった。一方、ライスシャワーは、翌年春の天皇賞を制し、さらにその二年後の春の天皇賞にも勝った。

 

ミホノブルボンに次いで二着に終わった1992年の日本ダービーでは、大穴を開けた。しかも、菊花賞と同様、ミホノブルボンと同枠であり、7-7のゾロ目となった。馬連では、3万円近い万馬券となり、当時大いに話題になった。ミホノブルボンが一番人気、ライスシャワーが16番人気であり、当然と言えば、当然であろう。

 

今でも微かに覚えているが、当時フジテレビの「スーパー競馬」で、モンゴルから来日した調教師が、パドックの様子からライスシャワーを選んでいた。馬の状態を見る目は、国境に関係ないのだろう。

 

しかし、ライスシャワーは、悲劇の最期を遂げた。1995年の宝塚記念であり、テレビ観戦であったが、今でも故障した姿をありありと覚えている。しかも、アナウンサーや解説者たちの雰囲気が明らかに変わり、最悪の状況であることをすぐに認識できた。

 

すでにライスシャワーは、レジェンドでもあろうが、正直、ああいう競走馬の姿を二度と見たくない。わたしが競馬から離れていた時、サイレンススズカが同じような境遇に陥ったと聞いているが、VTRなどを見ていない身でありながらも、嫌なものは嫌である。

 

かたや、ミホノブルボンは、種牡馬となり、地方の重賞馬などを輩出している。しかも、1989年生まれでありながら、現在も存命しているようだ。30歳近い年齢であるが、できるだけ長生きしてもらいたいと言えば、綺麗事に聞こえるだろうか?

 

ともあれ、次の日曜日(2016年10月23日)には、本年の菊花賞が行われる。果たして、どんな結末になるのか、ワクワクしていることは間違いない。そうは言いながらも、菊花賞に限らず、毎週末のことであり、中央競馬開催を心待ちにしている。やはり、第二次現役時代は、わたしがこの世から立ち去るまで、続くのかもしれない。

 

今回は、これまでである。

 

参照 : 

- ミホノブルボン(JBIS)
- ライスシャワー(JBIS)
- 1992年 菊花賞 競走成績(JRA)

 
 

 



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