暑くなった5月と競馬

先月(2015年4月)末頃からであろうか? 急に気温が上がり、一気に夏が来たように思った。特に、この土日は、非常に暑く、所によっては、30度を超えたらしい。現在、地球環境問題に関心のある人が増えているようだが、温暖化の表れか、と思われても、仕方のない気候だろう。

 

もっとも、温暖化を人にせいにするのか、あるいは、地球サイクルから来ているのか、いまだ結論づけていない教授などもいるようだ。結局、現在の地球は、人間が支配しているので、人間次第で色々な結論が出て来るだろう。もしかしたら将来、新たな生物種が地球を支配し、今日の喧噪を笑いながら批判しているかもしれない。むろん、そんな世の中まで、わたしも生きていないだろうが、死んだ後でも意識があるのであれば、是非聞いてみたいものだ。念のため、言っておくが、わたしには、変な考えや意図などはない。(笑)

 

ともあれ、5月であるのに、非常に暑いことは間違いない。わたしの記憶の中では、確かに5月は春の盛りであり、4月よりは暖かく感じていた。徐々に気温が上がり、概ね末日頃で一気に夏を感じることとなる。けれども、今年は、それが1ヶ月も早い気がする。そのため、掛け布団をしまうことにした。わたしが変なのか、あるいは、古い木造住宅の2階がおかしいのか、数日前は寝苦しかった夜もある。毛布二枚で十分であり、足を半分出しながら、寝たこともある。これもまた、初めてのことだ。

 

そういえば、5月と言えば、ダービーだ。季節の変わり目も、ダービーを境に感じていたことがある。この場合のダービーとは、中央競馬のもので、競馬の一大祭典の一つである。クラシックレースの一つでもあり、すでに半世紀以上の歴史がある。20代初頭の頃、競馬に夢中になり、ダービーが来ると暑くなる、と思っていた。けれども、一時中断し、知らぬ間に6月開催となり、暑くなるという変わり目はなく、蒸し暑い頃になってしまった。しかし、今年は、5月末日の開催となり、わたしにとっては、昔に戻ったように感じている。

 
 

実は2年前の夏から、競馬をやっている。経済的に余裕がないので、無理な賭け方はしないが、約20数年ぶりの再開である。かつては、何度か競馬場に足を運んだこともある。中央競馬であれば、東京、中山、福島競馬場へ行ったことがある。ちょうど第二次競馬ブームの頃で、オグリキャップやトウカイテイオーなどが活躍していた。

 

今でも忘れていないが、友人の付き合いで、有馬記念に行ったことがある。特に、帰りの中山競馬場から駅までの間が、身動きできない程、混雑し、二度と行くものか、と思った。以来、競馬場には足を運んでいない。中央競馬のG1ともなれば、人ばかりが目立ち、直にレースを見ることができず、結局、ターフビジョンに目をやってしまう。これなら、家でゆっくりテレビで見ていた方が、楽しめる。一方、地方競馬については、そうとばかりは言えない。地元の浦和競馬場と大井競馬場に行ったことがあるが、馬の走る姿を間近で目にすることができ、地響きを体で感じることができる。

 

しかし、競馬に関しては、色々な意見があろう。とりわけ、競走馬を引退した後の処遇が、あいまいなケースもある。わたしも犬を飼っているので、そういうことを批判する人の気持ちが分からなくはない。改善すべき点は、改善すべきであろう。けれども、競馬は、単なるギャンブルばかりでなく、射幸心の解消ばかりでもない。日本の畜産業と大きく関係し、業界基盤の一端を支えているのだろう。そこには、伝統なども関係し、言ってしまえば、文化とも関わっている。単に賭け事の対象ではないこともまた、一競馬ファンとして、重々理解したいところだ。

 

また、競馬はロマンなどと表現している人もいたと思うが、生き物が走るため、何かしら自分の思いを掛けてしまう。それが駆けることや賭けることに繋がるのも、単に言葉遊びだけではないかもしれない。わたしの記憶に残っているのは、アイネスフウジンである。家でレースを見ていたが、騎手の人生も反映されたような走りに見え、若造でありながらも、感動したことを覚えている。しかも、ダービーで勝利した後、足の骨折が判明し、そのまま引退した馬である。パッと咲いて、パッと散ってしまった。さらに、産駒にも恵まれず、後から見れば、ダービーで活躍するために生まれて来た馬なのかもしれない。世に一発屋という言葉があるが、まさにその通りであった。しかし、一発屋でありながらも、当時のレコード記録を作り、しっかり歴史に名を残したとも言える。

 

さらに、トウカイテイオーも忘れられない馬だ。わたしにとっては、ジャパンカップの勝利が印象的であり、最後の叩き合いでは、馬券を買っていなくても、応援したものだ。実は、グリーンチャンネルに加入しているので、名馬コレクションで放映されたアイネスフウジンとトウカイテイオーのレースVTRを録画した。ビデオで撮っていたレースもあったが、競馬を止めた時に、ビデオも捨てた。しかし、再び手に入り、個人的に感慨深く思っている。

 

競馬はやはり単なるギャンブルではなく、どこか人生をも反映してしまうように思う。しかし、これもやはり、ギャンブルであることも忘れてはいけない。程々に楽しむのが、健全なあり方であり、中央競売が謳っているように、レジャーの一つとして参加するのが、適切でもあろう。

 

5月になって、急に暑くなり、ふと競馬のことを思った。末日とはいえ、ダービーが楽しみな季節にもなった。

 

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