毎年想ふ、相馬野馬追

今年(2015年)もまた、相馬野馬追が行われた。産経動画ニュースでも取り上げられ、さすがに伝統行事である、と思った。同時に、毎年毎年、今度こそは、と気持ちが向きながらも、本年も直に目にすることができなかった。

相馬野馬追が開催される南相馬市は、わたしの母の出身地である。平成の大合併により、母が育った原町市とその周囲の自治体が一緒になり、南相馬市となった。現在の地名で言えば、南相馬市原町区が母の出身地となる。このため、幼い頃から相馬野馬追のことは、母から聞いていた。

また、祖父母が元気だった頃は、わたしも一人で祖父母の元に遊びに行ったこともある。行くたび、馬がトコトコ脇を通って行くっと、などと聞かされた。馬と言えば、わたし自身の出身地とも関係する浦和競馬を思い出す。人との生活の一部になっているような馬の存在とは、ほど遠いものだ。もちろん、相馬野馬追も、競馬に似たものであり、武士の伝統行事が今も続いているため、生活の一部ではないであろう。そうは言っても、都会で暮らしているわたしのような者には、馬と言えば、競馬というのが、相場であるかもしれない。

けれども、やはり、いつかは間近で見たいものだ。上記の動画に出て来る野馬追の会場は、雲雀ヶ原と呼ばれている。わたしも何度か、野馬追とは関係ない時に見に行ったことがある。トラック競技場のような楕円形の埒があり、しかも、砂が全面に敷かれている。ダート競馬と同様であり、軍馬を鍛えた行事の一つ、という謂われに、納得する自分もいる。また、小山のような観客席に登ったことがあり、非常に見渡しが良かった。向こうには、奥羽山脈の一部が広がり、その向こうには、関東地方へ到ることができる。おそらくかつては、地元の武士などが、この小山の上から野馬追を眺めていたのだろう。少し誉れ高い気分になったことは、確かだった。

そういえば、昨年初めて知ったことがある。数年前から相馬野馬追が大井競馬でも行われている。9月頃であり、レースの合間にお披露目される。本番レースが行われる馬場で再現されるもので、たまたまテレビで見ることができ、画面を通しながらも、相馬野馬追の雰囲気を知ることになった。今年も、大井競馬で開催されるであろうが、南関TVに加入しなくても、東京MXの電波が届けば、大井競馬に関しては、視聴可能である。

– tck tokyocitykeibaチャンネルより

テレビで目にした相馬野馬追は、甲冑を身に付けながらのレースである。戦旗もはためき、相馬野馬追が、武士から生まれたものであることを感じさせてくれる。レース結果云々よりも、古の人々の思いをイメージすることが大事であるようにも思う。

けれども、わたしは、趣味で競馬をしている。もしかしたら、母の出身地が大いに関係し、引いては、母方の祖先の「カミサマ」たちが、わたしにイタズラをしているのかもしれない。やはり、母が元気なうちに、一緒に相馬野馬追を観戦したい。



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