単勝 それは華麗なる王道 競馬小話 (一)

単勝。
それは華麗なる王道。
1着馬のみを当てる、特権とも言える。

 
 

男は大の競馬ファンだった。
しかし、これで儲かった、という記憶がなく、下手の横好きだった。
当たる予想屋探しに終始し、何年やっても、マイナスばかりだった。

 

その日もまた、同じようだった。

 

府中の第一レースから投票しているのに、ウンともスンとも言わない。
開催の日には、できるだけ、財布を厚めにしているが、減る一方だった。
給料まで日が長い。
独り身であっても、生活費がある。いずれは出世し、家庭も持ちたい。

 

ふと、嫌気がさした。
そして、午前終了後、無闇な投票を止め、どうすれば儲かるのか、
自分であれこれ考えるようにした。

 

血統だろうか?
それとも、タイムだろうか?
いや待てよ、ローテーションを見極め、
当該レースを最も狙っている馬を買うべきか?

 

頭をフル回転させた。
けれども、これでやる、という買い方が何も浮かばなかった。
迷いに迷い、決められずにいた。そうして、最終レースまで来てしまった。

 

男は、そこで、直感を働かせることにした。

 

今日は●月1日。
よし、1枠1番で、しかも、1着を狙って、単勝だ!!

 

初めて、独力だけで馬を決めた。
最大のチャンスとも捉え、財布の中身を空にした。

 

季節は春の終わりを告げていた。時折、暑い日もあった。
その日も、ムシムシした感じがした。

 

最終レースは、14頭立ての4歳以上1000万条件芝1400メートルである。
スタートが切られた。

 

男の馬は、出足で遅れた。すぐに、こりゃだめだ、と思った。
脳裏に、いつものATMの姿が浮かんだ。

 

縦長の展開で、レースがずんずん進み、すぐに第三コーナーがやって来た。
男の馬は、後方待機となっていた。
やっぱりだめだ、とATMの姿が、脳裏でますます大きくなった。

 

先頭集団が府中の直線に差し掛かった。長い勝負が始まった。
すると、白の帽子がぐんぐん前に出てきた。

 

男は、ゴール板前付近に、陣取っていた。
白の帽子が近づいてくるに連れ、興奮が増した。
声援を送った。手を大きく振った。なりふり構わず、ぎゃあぎゃあ騒いだ。

 

そうして、男の馬が一位入線となった。
最大のチャンスを見事活かすことができた。

 

確定後、払い戻し窓口へ行った。
単勝3番人気で、10倍台のオッズであったが、
数十枚の札束を握ることができ、財布に押し込んだ。

 

男は悠々と正門を通り抜けた。誉れ高い気持ちになった。
怖いものが何もないように感じた。
興奮が収まらず、ふらふらと近くの飲み屋へ行った。

 

懐が温まり、男は強気だった。

 

一人でいながらも、飲みが進むにつれ、周囲に見知らぬ人が集まった。
やんややんやと競馬談義となり、それまでの鬱憤を晴らすようだった。

 

そうして、刻々と時が経ち、気がつけば、終電近くになっていた。
何軒ハシゴしたのか分からなかった。
どこで飲んでいるのか理解できなかった。

 

ネオンが光る中、千鳥足でいると、目の前に人影が現れた。
フローラルな香りがし、クラクラしながらも、それが女であると分かった。

 

何を話したのか記憶にない。
その先のこともあまり頭にない。

 

ただ覚えていることは、
髪の長い細身の女が、心地よい匂いを漂わせ、優しい吐息を立てながら、
男を肩で抱えるように、一緒に歩いて行ったことだ。

 

それから、再び時が経った。

 

男が気がつくと、外にいた。
東の空が微かに明るくなっていた。
周囲には数台の車が止まり、砂利が敷き詰められていた。

 

服が乱れていた。白ワイシャツの裾が、ジーンズからはみ出ていた。
頭の近くに、黒い財布が落ちていた。
男は急いで拾い上げ、カード類が無事であることを確認した。
しかし、それだけだった。

 

男の第一声がこれである。

 

「なんじゃ、こりゃああああ~!!」

 

この後、男は始発電車で北へ向かった。新宿の文字が妙に眩しく光っていた。

 
 

単勝。
それは華麗なる王道。
最大のチャンスが最大のピンチにもなる。

 

 



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