兄弟の有り様と哀しい旋律 北野武監督作品 Brother

「Brother」が公開されたのは、2001年である。通算9作目の作品であり、アメリカが主要な舞台になっている。北野武監督作品の中では、初めての試みであったろう。

 

物語は、ビートたけし演じる山本が中心となっている。

 

山本はヤクザの幹部であり、抗争中であった。親分が殺され、敵を取るつもりだったが、兄弟分の原田が抗争相手の仁政会傘下に入ることで、事を済ませようとした。山本は寝返らず、原田の手助けでアメリカへ渡ることにした。半分血の繋がったケンの元へ行くが、薬の売人をし、ボスたちと揉めていた。遅れて駆けつけた弟分の加藤も仲間にし、アメリカでも薬の密売で抗争状態となった。そして、ついにマフィアと対決することになる。

 

以上、「Brother」の簡単な内容である。全体的に北野スタイルが健在であるが、アクションシーンもあり、エンターテイメント性も備えている。しかし、単なる娯楽映画にしていないのが、北野武監督でもある。

 
 

 
 

わたしは、公開当時、地元浦和の映画館で鑑賞した。その頃は連れがいたので、一緒に見に行った。連れはそれ程でもなかったが、わたしは非常に楽しむことができた。今回見返しても変わらないことであり、むしろより堪能できた。他の記事でも述べているが、映画のような作品の評価は、受け手の変化によっても異なって来る。

 

確かに、相変わらずヤクザを登場させ、彼らの生き死を描いている。舞台が日本ではなく、アメリカだけの違いであり、従来の北野武監督作品と変わり映えがしない。どこかしら「ソナチネ」に似ている雰囲気があり、北野武監督自身、逃げる死を描いた作品として「ソナチネ」と共に「Brother」を挙げている。

 

けれども、「Brother」には、「ソナチネ」で見られない様々な人の姿がある。「ソナチネ」では1人の死にスポットが当てられていたが、「Brother」では複数の死が扱われている。そこに兄弟というとスパイスが与えられ、それぞれの死がクローズアップされている。

 
 

 
 

わたしが見たところ、山本は、三つの兄弟を抱えている。一つ目はヤクザの兄弟である。二つ目は半分血の繋がった兄弟であり、三つ目が異人種間の兄弟である。それぞれ表面上は変わっているが、内面上のつながりは同じようだ。義理人情というと、陳腐な感じになる。そうではなく、人として持ってしまう情けの有り様を感じる。

 

一定期間、人と人が時間を共有すれば、自分を満たすのみでなく、相手を救うために自己をも捨てる。ストックホルム症候群も、似たような傾向から来ているのかもしれない。これを「Brother」に当てはめれば、格好つけ過ぎ、との評もあろう。わたしもそのように思う。しかし、多くの人が、心の底では、自分のみでなく他者を手助けしたい、という気持ちがあるかもしれない。

 

結局は自己満足かもしれず、真の意味で他者を考えていないとも言える。そうであっても、人が社会を営むということは、そういう自己と他者の関係がなければ、築けないのではなかろうか。これは社会人の有り方云々の前に、必然的に出て来るもののように思う。

 
 

 
 

また、「Brother」のバックグラウンド・ミュージックも、特筆できる。非常に哀しい旋律であり、山本とその仲間の運命を暗示しているようだ。見た限り、北野武監督作品は音楽が素晴らしい。映画は総合芸術であり、音楽が重要な要素になっていることをよく理解していると思う。

 

だからこそ「Brother」もまた、絶望の映画である。山本たちの栄光と挫折が表現された物語であり、別な言葉にすれば、バカな男たちのストーリーかもしれない。むしろそうであるから余計哀しい。

 

しかし、絶望の中にも分かり易い救いが描かれている。同じ絶望を映していた「その男、凶暴につき」とは大きく異なる。山本がデニーに託したことが、それである。もしこれがなければ、哀しいのみで何も残らない映画になっていたかもしれない。これが北野武監督の弱さでもあり、大衆向けテレビに出続けられる力量でもあるのだろう。その点が物足りない部分であり、評価を下げてしまう点かもしれない。

 
 

 
 

そう言えば、日本人が分かりにくいというセリフが使われていた。お決まりのようでもあり、古臭い感じがある。おそらく意図的に使ったものであろう。しかし、現在は、インターネットや交通手段が発達し、誤解が少なくなった部分もある。

 

しかも、意外に日本は良い、と思っている日本人も増えているように感じる。「Brother」の欠点と言われれば、これも指摘できる。しかし、あくまで誤解が少なくなっただけであり、グローバリズムが進んでも異文化同士が全てを理解し合うことはできないだろう。

 

理念がつながれば、と思えるが、理念の解釈が異なれば、近親憎悪のように激しい対立も生まれやすい。完全には無理だ、という程度の方が争いも少なくなるような気がする。

 
 

 
 

このように言うと、山本たちのつながりと矛盾しているようであるが、完全には通じ合っていないだろう。むしろ、完全ではないからこそ情けで通じ合えたとも言える。少々屁理屈に聞こえたのであれば、人はあくまで主観的な生き物、とお答えしておく。(笑)

 

いずれにせよ、北野武監督作品の中でも、「Brother」はかなり好きな方であり、公開当時も同様だった。ある意味、希望と先人への鎮魂をも感じられる。巨大なアメリカとの敵対。誤解を恐れずに言えば、今の日本人に果たして、そんなことができるだろうか?

 

相変わらず、まとまりのないレビューとなった。今回はこれまでである。

 
 

 
 

 



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