妻の姿に子が宿る 北野武監督作品 HANA-BI

1997年のベネチア映画祭金獅子賞となったのが「HANA-BI」である。「無法松の一生」以来、約40年ぶりの快挙であり、マスメディアでも大いに話題になっていた。日本で公開されたのは、翌1998年である。わたしは、銀座の映画館で鑑賞し、非常に心を動かされた思い出がある。

 

わたしの映画を選ぶ基本は、監督に重きを置いている。好きな女優などを基準にすることもあるが、一種の好みの問題であり、作品内容云々とは関係ない。このため、映画祭の受賞作品を重視していることもない。正直なことを言えば、とりわけ、アカデミー賞を受賞した作品には、なにやらキナ臭さを感じることもあり、あまり信用していない。(笑)

 
 

 
 

けれども、「HANA-BI」に関しては違った。ベネチア映画祭金獅子賞という名にふさわしい作品であり、後にも先にも、そのように思ったは、「HANA-BI」だけだ。

 

そんな「HANA-BI」を見返し、感想は映画館で初めて鑑賞した時とほとんど変わらなかった。なかなか言葉が出て来ないが、非常に心地よかった。「Dolls」鑑賞後のジワジワ感と違い、見終わった後でも心が動いている。そうでありながらも、言葉が出ない。もしかすると、あまりにも悲しいことがあると、言葉にならないことと同じようであったのかもしれない。

 

物語は、西元刑事と妻の美幸が中心である。二人の間には幼い子どもがいたが、事故で亡くしてしまい、以来、美幸が話をしなくなる。折しも、凶悪犯の銃弾によって、同僚の堀部が重傷を負い、部下の田中が死亡する。西は決意を固めたかのように行動し、そして、妻とともに旅に出る。

 
 

 
 

以上が「HANA-BI」の大まかなストーリーである。全体的にまとまりがあり、北野武監督作品らしい緊張感も漂っている。そうは言いながらも、随所に笑いも散りばめられ、見ている人を飽きさせない。そして、西が寡黙であり、そうであるからこそ、彼の決意がより一層際立っている。有言実行ではなく、不言実行の男ともいえ、そうであるからこそ、怖さも感じる。

 

しかし、今回改めて見た時、妻の美幸が非常に印象的だった。とりわけ、西と共に旅をしている姿が、美しいというよりも、可愛らしかった。キャンピングカーの前で、想像上の打ち上げ花火に目をやるシーンには、思わず見とれてしまう。あどけない感じもし、もしかしたら、亡くした子供の姿が重なっているのかもしれない。そして、最後の最後に美幸がようやく口を開く。全てが集約されているようで、ついつい涙腺が緩んでしまった。

 
 

 
 

また、今回気づいたことでは、キタノブルーは部分的に使われていることだ。記憶では、全体的に青みがかっていると思ったが、基点となるような場面で使われている。特に暴力シーンで目立っていると思う。さらに、「HANA-BI」を際立たせているのが、音楽である。「ソナチネ」などと同様、久石譲が手がけたもので、単調な音色が映像と見事にマッチしている。映画における音楽の効果が、ここでも見て取れると言えよう。

 
 

 
 

あまりにも褒め過ぎかもしれないが、わたしにとって、「HANA-BI」は火の付け所がない。初めて見た時も同じであり、良質の映画には、時が関係ないことを、またも感じてしまった。もしアラを探すのであれば、回想シーンへ至る場面がわかりにくいことと、西が格好良すぎることだろう。けれども、そういう点を補ってくれる程、全体的に見れば、非常に優れた作品であると思う。

 

ところで、「HANA-BI」には、個人的なエピソードがある。冒頭で、銀座の映画館で鑑賞したと話した。初日の2回目であり、舞台挨拶は見なかった。けれども、当時、元妻とその子と暮らし、仕事を終えた後、元妻に誘われて見に行った。わたしは子供の夕食は問題ないと聞いていたので、喜んで行ったが、帰ってみれば、子供が不機嫌だった。夕食の用意がなく、カップラーメンで凌いだとのことだった。わたしたちは外食で、子供はカップラーメン。善人ぶるつもりはなかったが、元妻を叱った記憶がある。

 
 

 
 

こんなエピソードを自分のサイトで披露するとは、思いもしなかった(笑)。すでに別れ別れになり、長い年月が経過しているが、「HANA-BI」は、自分の過去をも描かれているように思ってしまう。言ってみれば、西と堀部の両方を生きてしまった感がある。具体的なことは、あまりにも話がそれるのでここで終りにするが、こういう点でも「HANA-BI」は忘れられない映画ともなっている。

 

いずれにせよ、「HANA-BI」は、金獅子賞の名に相応しい映画である。「ソナチネ」が北野武監督作品の中で最高峰であることに変わりはないが、「HANA-BI」もそれに匹敵するのでは、と今では思ってしまう。結論はまだ先にするが、これもまた、わたし自身が変わり、なおかつ、変わらない面も持っているからであろう。

 

今回はこれまでである。悪文の羅列であったが、ここまでお読みいただけたのみで、誠にうれしい限りである。

 
 

 
 

音声レビューもアップしました。ご参考になるか分かりませんが、ご覧いただければ幸いです。

2017年5月29日

 
 

 



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