物語の陰に女あり 巨人の星

 

 

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U-NEXTで、久しぶりに巨人の星を見た。子供の頃に再放送で何度も視聴し、原作も何回も読んだ。スポ根アニメの代表作であり、親子の葛藤の物語とも言えるだろう。

 

主人公の星飛雄馬はプロ入り後、球質の軽さを克服するために、数々の魔球を生み出す。大リーグボール1・2・3号であり、結局欠点を補うための魔球が、飛雄馬の腕を破壊するという結末に至る。

 

当然、原作がマンガであり、アニメでもある。オーバーな表現があり、お笑いタレント等はよくネタに使っていた。しかもライバルとの対決までを焦らすところは、現在のようなスピード化時代では耐えられないかもしれない。

 

それでもいい年をしながら改めて見ると、かつてでは気づけなかったことがあった。男の物語と言いながらも、実は背後で女が関係し、女の物語も含まれているのかもしれない。

 

 

星一徹と言えば、作品を知らない人も名前を聞いたことがあるだろう。球鬼(きゅうき)と言われた野球の鬼であり、息子飛雄馬を幼い頃から鍛えていく。最終的には巨人に入団した飛雄馬と中日コーチとして対決することになるが、キャラクターとあいまって一徹がクローズアップされている。

 

けれども一徹の陰には、始終妻の春江がいる。飛雄馬が幼い頃に病気で亡くなり、姉の明子が母親代わりになっていた。春江は当初、飛雄馬に野球を教えることには反対であったが、最終的には認めるようになる。

 

幼い飛雄馬のサイズに合わせた巨人軍のユニホームを裁縫し、死の間際に一徹に渡した。以後、一徹は飛雄馬を鍛えることにした。

 

 

また日高美奈も印象深いキャラクターである。大リーグボール1号の進化形が誕生した後、飛雄馬は宮崎キャンプへ参加した。伴宙太とのキャッチボールをしている時、誤って見学者の一人にボールが当たってしまった。

 

松葉杖をついた少女であり、運良く軽い怪我ですんだ。しかし側にいた看護師の美奈が飛雄馬の頬を張り、悔悟の念から伴と共に二人を病院へ送ることになった。

 

病院は人里離れたかなり遠い場所でありながらも、美奈は自らの意思で勤務していた。献身的な姿に飛雄馬の心が動き、彼女の元へ通うようになる。しかしプロ野球選手でありながら、野球が疎かになってしまい、美奈との別れを決意する。

 

 

気持ちを述べにいったところ、美奈から不治の病に罹り、あと少ししか生きられないことを聞いた。飛雄馬は別れを撤回し、美奈と会い続けることにした。

 

試合の日、美奈がとうとう亡くなってしまった。飛雄馬は試合直後にグラウンドに訪れていた院長から、美奈が倒れたことを聞かされた。急いで駆けつけたが、結局間に合わず、飛雄馬は絶望の淵へ落ち、以前のように野球ができなくなってしまった。

 

以上美奈とのエピソードであるが、最終的に飛雄馬は自ら立ち直り、グラウンドへ戻っていく。けれども飛雄馬の心には美奈の面影がずっと残り、彼女以外の女性に気持ちを傾けることができなくなった。これはシーズン2に相当する新・巨人の星やシーズン3の新・巨人の星IIにも関わってくることだ。

 

いずれにせよ今回視聴し、個人的には二人の女性に印象が残った。子供の頃では気づくことはなく、いや気づけることではなかったろう。むろん現代からしても、当時の女性は古臭いかもしれない。しかしやはり、男の陰には女があり、物語のスパイスには異性が必要なのだろう。

 

 

春江と美奈の他にも印象的な女性キャラクターがいる。たとえば飛雄馬の姉である明子であり、こちらは子供の時でも気づけてはいた。けれども明子もまた一徹と春江の娘なのだろう。

 

良妻賢母のようでありながらも、敢えて崖から突き落とすような言葉や態度もあり、彼女の強さそして弱さをも兼ね備えている。さらに大リーグボール3号のヒントを与えた京子や橘ルミも同様である。

 

たかがマンガたかがアニメであり、大袈裟に描かれたスポ根ものである。しかし原作もアニメも大きな人気を呼び、リアルタイムを知らない世代でも広く認知されていると思う。

 

 

しかも終戦から四半世紀近くの年月が経過していたが、戦争の陰も物語の基盤となっている。政治的主張を盛り込んでいるとは思わないが、歴史の大河を感じてしまうのはわたしだけだろうか?

 

今回視聴してみて、一徹に対しても改まった気持ちになった。頑固者で厳しいだけの親父であると思っていたが、きちんと優しさも描かれていた。アニメの中でもマイホームパパという言葉が出てきて、すでに一徹も古いタイプであったようだ。

 

それでも明治生まれのような感じは健在であり、一徹目線になっている自分も感じられた。わたしもまた古いタイプの要素があり、年齢だけは無駄に重ねてきたのかもしれない。