欲望と妄想が続く、お笑いフィルム 北野武監督作品 みんな~やってるか!

海外では北野武監督、国内ではビートたけし監督名義で、1995年に公開されたのが「みんな~やってるか!」である。コメディ映画の一種であり、個人的にはお笑いフィルムと呼んでいる。欲望と妄想に基づいた、たけしらしいギャグが連続している。

 

ストーリーは、ダンカン演じる朝男を中心に展開されて行く。

 

朝男は、女にモテたいという願望があり、車を購入した。ナンパをしたが成功せず、どうしようか迷っていると、ファースト・クラスの機内サービスを目当てに、銀行強盗を働く。現金輸送車も襲うが成功せず、そのうちヤクザの抗争に巻き込まれる。そして、透明人間からハエ男となり、地球防衛軍の標的となってしまう。

 
 

 
 

以上、大まかな内容であるが、お笑いフィルムであるので、全体的には軽めのトーンである。肩肘張らずに見ることができるが、下ネタが続くこともあり、中には嫌になってしまう人もいるかもしれない。

 

わたしは、公開当時学生であった。すでに映画に興味があり、「みんな~やってるか!」が上映されることは知っていた。しかし、映画館に赴く機会がなく、レンタルビデオで初めて目にした。記憶の中では、ロンドン映画祭に出品されたとのことで、見終わった後の感想が、これを出したの?!、というものだった。

 

ギャグも、いかにもたけしらしいと言えるだろう。下ネタが続くが、ブラック・ユーモアもある。たけし軍団が登場し、テレビで見たようなシーンもある。妄想が妄想を呼び、しまいには突拍子もない展開となり、ナンセンス・ギャグの要素も加味されている。けれども、ギャグの連続は問題ないだろうが、下ネタばかり繋げられていると、飽きてしまうことも否めない。ラストまで少し長く感じられたことも確かだ。

 
 

 
 

しかし、先日見返すと、意外に楽しむことができた。よくよく見れば、これは一種のパロディ映画である。たとえば、地球防衛軍が登場する。「ウルトラマン」のファンであれば、ご存知のことだろう。また、「モスラ」のパロディも登場する。さらに、北野武監督らしくヤクザも出て来る。「唐獅子牡丹」が流れるシーンは、かつての任侠映画を思い出させる。

 

今思うことは、映画はさることながら、ドラマでも小説でも、あるいはマンガでも、受け手の変化などで楽しめる作品もある。もちろん、逆の場合もあり、どうしてあんなに夢中になっていたんだろうか?、と疑問に思うこともある。わたしの例であれば、「オレたちひょうきん族」が典型的であり、「8時だヨ!全員集合」のコントとは違い、以前のようには笑えなくなっている。

 

もしかすると、作品というものは、ある程度の時間がなければ冷静に嗜むことができないのかもしれない。宮沢賢治が良い例えかもしれないが、死後になって評価されることもある。中には大げさに感じる人もいるだろう。けれども、「みんな~やってるか!」は時間が経つことで、より評価される可能性がある。それは、北野スタイルを感じることもできるからだ。

 
 

 
 

たとえば、妄想の連続は、後年の「Takeshis」や「監督、バンザイ!」でも使われている。余計なものを削ぎ落としたシーンもあり、寡黙な「HANA-BI」などにも通じる。また、音楽がユニークである。敢えてオリジナル歌手を使わなかったようで、そこが返って、笑いにつながっている。

 

そう言えば、北野武監督は、映画のストーリーも漫才のネタを考えることと同じだ、と発言していた。悲劇を作るのが上手い人は、喜劇を作るのも上手い。底の部分には、共通しているものがあるのだろう。

 

ただし、監督本人は、「みんな~やってるか!」をあまり評価していないようだ。映画の破壊を狙ったが失敗だっとのことだが、確かに、妄想の連続は、「Takeshis」や「監督、バンザイ!」の方が無茶苦茶かもしれない。「みんな~やってるか!」も同様に見えるが、理がつながっている感もある。その点が、完全なナンセンス・ギャグ映画とは言えない部分かもしれない。

 
 

 
 

しかし、公開当時、淀川長治だけは、お笑いロード・ムービーと評し、高評価を与えていた。サイレント時代に妄想に基づくコメディ映画があり、それに通じるとのことだ。先に時間の経過によって評価が変わる可能性があると述べたが、リアルタイムできちんと評している人もいたということだ。

 

いずれにせよ、「みんな~やってるか!」は気楽に視聴できる映画である。以前は、北野武監督作品の中では異色では?、と思っていたが、改めて見返してみると、そうは思えなくなった。

 

わたし自身もまた、心の有り様などが変化しているのかもしれない。

 
 

 
 

 



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