鎮魂ト約束と

72年目ノ8月15日。

 

多弁ハイラヌ。喧騒モイラヌ。手段ハ違エド目的ハ同ジ。

 

鎮魂ノ祈リ、我ハ同意スル。沖津那奈ブログ – 終戦記念日

 

加へテ、我ノ心ニ賢治ノ言葉モ呼応スル。

 

すべてがわたくしの中のみんなであるやうに

 みんなのおのおののなかのすべてですから (青空文庫-宮沢賢治「春と修羅」より)
 
 

そして、72年の中には、わたし個人の33年がある。

 

ようやく仏になった。その時には赴くと約束した。それを果たした。自己満足でも果たせた。

 

だが、止むことはない。止めることもない。わたしが行くまで、終わることはない。

 

8月15日。

 

毎年やって来る、鎮魂の日。

 

 

久しぶりに巡って来たナナ馬券 SPAT4のお得なポイント賞 大井競馬

一昨日(2017年8月13日)、大井競馬で「SPAT4のお得なポイント賞in大井」が行われた。第9回4日目のメインレースであり、当初どうしようかと思ったが、思い切って投票した。一昨日は日曜であり、JRA開催もあった。昼はJRA、夜は大井競馬は年に何度か実施されるが、まさに昨日がそうだった。

 

しかし、わたしが投票した「SPAT4のお得なポイント賞in大井」は、それほど注目されたレースではない。13日に行われた「黒潮盃(SII)」に比べれば、あまり知られていないレースだ。そうは言っても、注目度が低いからこそ、投票しがいがある。結果から見れば、わたしにとっては喜ばしいことになった。

 

馬単、ワイド、複勝が的中し、久しぶりにプラスになった。ここ最近は完全外れが多く、スランプ状態だった。トリガミならまだ我慢できるが、スカ程キツイものはない。本業の方がそれなりにスムーズに行っているので我慢できたが、仮に競馬のみで生活費を稼いでいるのであれば、耐えられなかったろう。(笑)

 

とりわけ、4枠7番の馬が絡んできた時は、南関チャンネルを視聴しながらガッツポーズが出た。4番人気であったといえ、最終オッズのひと桁台が2頭のみであり、いわば2強のレースだった、4番人気なら伏兵に近く、しかも、しばらくぶりに馬単が的中し、うれしさが爆発してしまったことはお分かりいただけるだろう。

 

- 第9回  大井競馬 第4日 : SPAT4のお得なポイント賞in大井

 

しかも、4枠7番が絡んだと言えば、ナナ馬券である。このサイトでもすでに記事をアップしているが、これもまた長い間取ることができなかった。さらに、一昨日の南関チャンネル後半担当は、馬券名の由来であるオキナナ(沖津那奈)さんだった。由来者の担当で由来馬券を取ると共にプラスにもなった。喜びも一入だ。

 

競馬
- 2016年最後の大井競馬開催とナナ馬券

 

後半の放送自体も、大人っぽい感じがし、落ち着いた雰囲気があった。ニタニタした笑いではなくニコニコとした感じで、時折ニコッとすることでメリハリがあった。しかも、媚びたような笑いでなく自然な感じであり、爽やかな声と合致しているようだった。赤い衣装との感じもお似合いであり、安心しながら見れていられた。

 
 

 
 

こういう感じであるので、番組の終わり間近に、大井競馬場の食キャンペーンに参加したエピソードが、茶目っ気たっぷりに感じられ、好印象を受けた。伝わりにくい表現かもしれないが、落ち着いたトーンがあるからこそ、茶目っ気が和やかな雰囲気を醸し出す。番組の終わりには、最適であったように思う。

 

おそらくオキナナさんの担当回では、昨日の大井がもっとも良かったように思う。生意気な表現だが、当然と言えば当然である。しかし、落ち着いた感じであるのは、爽やかな声のトーンに合っている。個人的には、この調子で続けて欲しいと思う。それとともに、毎回ナナ馬券を的中できれば、大いに喜ばしいことだ。(笑)

 

ともあれ、一昨日は結果的に良い一日になった。自慢したいために、この記事をアップした訳ではないが、大井には地元浦和とは違った親近感がある。2013年のハイセイコー記念で助けられたという思いがあることも否定しないが、何かしら肩入れしたい気持ちが出て来る。南関の中で最も派手な感じがあり、そういう点は苦手だ。しかし、そんなことを気にさせない何かがあることも確かである。

 

イナリワン。

 

平成三強の一頭で、オグリワン、スーパークリークと共に第二次競馬ブームを牽引した。天皇賞、宝塚記念、有馬記念を制し、今でも勝利したシーン等を覚えている。当時、地方出身ということは知っていた。けれども、オグリキャップの笠松出身よりは、目立っていなかったと思う。

 

後年、イナリワンが大井出身だと分かり、関東育ちのわたしには、なんとも言えない気分になった。同時に、平成三強の中でもイナリワンが一番好きだった。おそらく大井出身の馬で中央で活躍したのは、ハイセイコー以来のことだったろう。去年まで存命であったことは驚きだったが、感慨深いものもあった。いつかまた、ハイセイコーやイナリワンの再来があることを期待している。

 

長くなった。しばらくぶりのプラスになり、つい饒舌になってしまった。次の機会でもこうありたい。次の時でもナナ馬券を取りたい。もちろん、オキナナさん担当の時である。一昨晩の酒が、いつもより美味かったことは、言うまでもないだろう。今回はこれまでである。

 
 

- SPAT4のお得なポイント賞in大井 -

参照(wiki) : イナリワン

 
 

 

絶妙な光と影と小津さん 北野武監督作品 アウトレイジ ビヨンド

2012年に公開された北野武監督作品が「アウトレイジ ビヨンド」である。2010年に上映された「アウトレイジ」の続編であり、シリーズ第二弾とも言える。

 

当時わたしは、北野武監督が作品を公開し続けていることを知っていたが、見る気はしなかった。もちろん、映画館でもレンタルでもだ。そのため、前作の「アウトレイジ」に引き続き、今回が初視聴となった。

 

物語は、より過酷なヤクザ同士の抗争に入ったと言えるだろう。

 
 

 
 

武闘派で知られた大友組が消滅した後、統括グループであった山王会は、ますます勢力を拡大した。会長が交代し、元大友組の金庫番が若頭となっていた。しかし、勢力下の組長たちよりも年が若く、しかも厳しい上納などを要求したため、組長たちの中には反目している者もいた。そんな中、刑務所で殺されたと思われた元大友組組長が出所することになった。後輩のマル暴刑事にけしかけられながらも、元村瀬組の若頭や関西の巨大グループである花菱会も加わり、山王会との抗争が激化して行く。

 

以上、「アウトレイジ ビヨンド」の簡単な内容である。実際、シリーズ三部作の中の第二弾であるので、つなぎのような作品と見なせる。より過酷になった抗争がどのような結末へ至るのか、それを期待させてくれるような映画でもある。

 

しかし、わたしは、結末への単なるつなぎ作品とは思えなかった。「アウトレイジ」以上に洗練された北野スタイルで描かれ、エンターテイメント映画でありながらも、映像の面白さを十分堪能できると感じた。

 
 

 
 

たとえば、光と影のバランスである。山王会や花菱会での会合シーンなどが典型的であるが、登場人物の背後に光と影がバランスよく配されている。仮に光が表の顔であれば、影は裏の顔でもある。欲望渦巻く、ヤクザの世界を光と陰で表現しているようだ。

 

また、会話の展開がリズミカルなシーンもあった。言い換えれば、小津さんの映画のように、短いセリフでカメラを切り替える場面である。そういう小津さんが作り上げた場面をマネをしている監督は多々いるが、短い場面が続くので、つながりが下手だと見ているこちらは、めまいを感じるようになる。

 

けれども、北野武監督の場合、それがない。小津さんのように時間を計算し、編集したのかはわからないが、リズムをきちんと考えていたのかもしれない。また、小津さんはローアングルであり、なおかつ、登場人物の視線をカメラに合わせず、微妙に斜めを向かせていた。北野武監督もまさに、似たような視線の取り方をしていた。これは監督の趣向などもあるだろうが、よりリアル感があり、面白さもあると思う。

 
 

 
 

わたしが見た中での感想であるが、これまでの北野武監督作品の中で、最も小津さんを意識したが、この「アウトレイジ ビヨンド」ではないかと思う。

 

小津さんと言えば家族映画であり、バイオレンス映画とは無縁であると思うだろう。また、テレビ局が制作している家族ドラマが、、彼の作品を継承していると考える人も多いかもしれない。しかし、肩入れしていることを認めながらも、北野武監督の方がより引き継いでいるような感じがある。

 

日本を描いたと言われる小津さんは、アメリカ映画が好きだった。しかも、全く異なるような大島渚監督作品をも賞賛していた。一見矛盾するようであるが、独創における適不適とはまた違ったところに、好き嫌いや賞賛があるのかもしれない。

 
 

 
 

いずれにせよ、「アウトレイジ ビヨンド」は単なるつなぎの映画ではなく、北野スタイルによる映像美を十分楽しめるエンターテイメント作品であると思う。

 

もし欠点を述べるのであれば、男ばかりの物語であり、女が出て来ないことだろう。けれども、穿った見方かもしれないが、北野武監督作品には、映像の向こう側に「母」がいるような気がする。もちろん、前作の「アウトレイジ」においてもだ。

 

一見すると女はいないが、映画全体の中にしっかり存在しているのでは、とも思う。そうでなければ、過酷な生死を描く映画は成立しないかもしれない。もっとも、内心ではシリーズの最後で女が出てくるかも、とは思っている。(笑)

 

「アウトレイジ 最終章」は、本年(2017年)秋に公開予定である。北野武監督作品に回帰したわたしは、映画館で鑑賞予定である。どんな結末になるのか、そして、どんな映像を見せてくれるのか、今から楽しみにしている。

 
 

 
 

 

動と静の中の欲望の連鎖 北野武監督作品 アウトレイジ

北野武監督作品「アウトレイジ」が公開されたのは、2010年である。当時は、映画などを積極的に見ようとせず、北野武監督作品からも離れていた。そのため、劇場で鑑賞することはなかった。

 

今回が初視聴となったが、見終わった後、北野武監督は健在であると思った。エンターテイメント映画であるが、北野スタイルを堅持し、より洗練された動と静を組み合わせ、「痛い暴力」を表現している。

 

物語を端的に言えば、ヤクザの抗争劇である。

 
 

 
 

池元組配下の大友組は、武闘派組織でもあり、池元組組長から面倒な仕事ばかりを任される。総本家の山王会から釘をさされた池元組組長は、大友組を使い、兄弟分で山王会の配下に入っていない村瀬組と、見せかけの争いをするよう命令した。大友組は、その通り実行するが、村瀬組組員は敵対者と誤解し、一部の山王会上層部は大友組のシマを独占しようと企てた。そうして、グループ内での裏切りなどが起こり、激しい抗争劇へと向かって行く。

 

以上、「アウトレイジ」の」大まかな内容であるが、先の言葉を換えれば、ヤクザ同士の欲望に基づいた復讐劇でもある。配下の組のシマを横取りすべく、様々な企みをする。あるいは、昔ながらの任侠精神を持っている組員たちは、自分たちを蔑ろにした組織幹部に怨みを持つ。血で血を争う戦いが、メインストーリーでもあろう。

 
 

 
 

けれども、単なるバイオレンス映画でないことは、北野武監督ならではである。

 

「痛い暴力」は健在であり、典型的なのがビートたけし演じる大友組組長が、親分でもある池元組組長に復讐を遂げる場面だ。池元組組長が舌を出した瞬間、大友組組長が顎を突き上げる。池元組組長が自ら舌を噛んでしまい、その場に倒れる。あるいは、覚醒剤を横流ししていたラーメン屋店主の耳に割り箸を突っ込むシーンなど、作り物であると知りながらも、思わず「痛い」と感じる。

 

おそらくこういう「痛い暴力」シーンを見て、北野武監督が暴力好きと思う人はいないだろう。むしろ、暴力が嫌いであり、だからこそ「痛い」思いを映像に込めているようにも感じられる。現に北野武監督は、自ら「長い暴力シーンは嫌い」と発言していた。あっさり終わる暴力シーンは、リアリティの一部でもあるが、そういう彼の思いが含まれていることも、見ている側としては知っておいて損はないだろう。

 
 

 
 

しかし、「アウトレイジ」は、第63回カンヌ映画祭に出品し、良い評価を得られなかった。

 

- シネマトゥデイ(2010年5月18日)
- 厳しい評価!北野武監督『アウトレイジ』星取表で最低点!5点満点で0.9点【第63回カンヌ国際映画祭】

 

上記の記事によれば、バイオレンス・シーンが嫌われたようで、見るべきでないとの警告を発した審査員もいた。けれども、同じように暴力シーンが多々使われていたタンランティーノの「パルプ・フィクション」は、第47回カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞している。1994年度であるため、かなり時間が経過し、時代が変わったと見なすこともできる。

 

そうは言っても、カンヌにはカンヌに好かれる作風があるのだろう。むしろ、先の記事にもあるように、アメリカでの評価が高かったようで、至極納得できることだ。また、日本公開時でも、北野武監督作品の中では、興行成績が良好だった。カンヌで嫌われたからと言って、「アウトレイジ」自体に価値がないとは言えないだろう。

 
 

 
 

わたしに言わせれば、「アウトレイジ」は純粋なエンターテイメント作品である。観客に受け入れやすかったのは、難しいテーマなどを考えなくても、視聴できるからだろう。だからといって、ドラマがないと言うことではない。義理人情や裏切り、不安や怯えなどがきちんと表現されている。

 

仮に欠点を挙げるなら、またヤクザを使ったということである。実は「アウトレイジ」を鑑賞する前に、2015年公開の「龍三と七人の子分たち」を見た。「アキレスと亀」の後、今年(2017年)公開予定の「アウトレイジ 最終章」を含め、四作品がヤクザを主人公としている。

 

日本を舞台にしたバイオレンス映画を作るのであれば、ヤクザが最も扱いやすいのかもしれない。また、60年代から続く任侠映画の下地もあり、観客に受け入れやすい環境があることも、確かだろう。これを鑑みれば、致し方ない面もある。だからこそ、「アウトレイジ」では、よりエンターテイメントを強め、より激しさを増した暴力シーンを盛り込んだのかもしれない。

 
 

 
 

ただし、続編の「アウトレイジ ビヨンド」を見た後、北野武監督は、ゴッドファーザー・シリーズを意識しているのでは、と思った。ゴッドファーザー・シリーズも、エンターテイメント映画の一つと言えるが、きちんとしたドラマが描かれている。親子やマフィア同士の葛藤などは、見ているものに熱く伝わってこよう。

 

アメリカがマフィアなら、日本はヤクザ、と北野武監督であれば、容易に考えつけることのように思う。ゴッドファーザー・シリーズと同様、「アウトレイジ」は全三部作となる。今年公開予定の最終作が非常に楽しみである。

 

また、ゴッドファーザー・シリーズばかりでなく、タランティーノも意識しているかもしれない。彼の映画も、バイオレンスで知られ、動と静を使った「痛い暴力」を目にすることができる。しかし、北野武監督との最大の違いは、スプラッター・ムービーのようなバイオレンスが多いことだ。

 

エンターテイメントとして楽しめる人もいようが、わたしは基本的にスプラッター・ムービーやホラー映画などは好きではない。どこかしらリアリティが薄い感じがするからだ。もっとも、存在を否定しているのではなく、そういう映画があっても良いであろう、とは思っている。

 
 

 
 

長くなった。もうそろそろで終わりにするが、「アウトレイジ」であと一つだけ、目立った点がある。それは役者が変わったことである。いわゆる北野組の役者を使わず、有名俳優たちが演じていたことだ。

 

これは似たような作品である「Brother」とは違っている。「Brother」もエンターテイメントの要素があるが、こちらは北野組のエンターテイメント映画であり、身内による作品とも言えよう。

 

しかし、「アウトレイジ」に関しては、より多くの人々に訴えようと、有名俳優を配したのでは、と思ってしまった。この点では「座頭市」と似ている面があり、それよりもさらに、エンターテイメント性を狙ったのかもしれない。

 

そして、個性豊かな有名俳優に見合ったシーンを提供し、観客によりインパクトを与えているように思える。だからこそ、興行成績なども良好だったのではなかろうか?

 

これでこの記事は、本当にお終いである。相変わらず、中身の薄いレビューであるが、ここまでお読みいただいたのであれば、幸いである。次回もまた不定期更新だ。

 
 

 
 

 

味わいある下町人情喜劇 北野武監督作品 龍三と七人の子分たち

北野武監督作品「龍三と七人の子分たち」は、2015年に公開された。本年(2017年)秋に上映予定の「アウトレイジ最終章」を除けば、直近の映画である。当然、視聴したことがなく、今回初めて目にした。

 

ストーリーは、元ヤクザの龍三を中心に展開されて行く。

 

元ヤクザの龍三は、同居中の長男夫婦から疎まれ、引退した日々を持て余していた。元舎弟と賭け事などをしながらも、どこか物足りない暮らしだった。そんな時、オレオレ詐欺に引っ掛かりそうになり、京浜連合の存在を知る。龍三は元兄弟分たちを集め、一龍会を結成し、京浜連合と対立することになる。

 
 

 
 

以上、「龍三と七人の子分たち」の簡単なあらすじである。北野武お得意とも言える、ヤクザ映画の一つでもあるが、特徴は老人たちが主人公ということだ。しかも、全体的にコミカルな作りになっている。暴力シーンなどもあるが、つい笑ってしまう場面が多々散りばめられている。

 

たとえば、龍三が着替えなどをすると、必ずと言っていい程、屁をする。ドリフターズのコントで使われたような音であり、つい笑みが溢れてしまう。しかも、演じているのが藤竜也であり、彼の全盛期を知る人であれば、ギャップの差に頬が緩むだろう。

 

また、龍三たちが借金の取り立てを手伝うが、無情な請求に怒りを感じ、逆に龍三がお金を挙げてしまうシーンがある。こんなことができるか!、と龍三が取り立て屋を殴る場面があり、お前が言えるのか!、とツッコミを入れたくなる。これなどは、ビートたけしらしい笑いでもある。

 
 

 
 

けれども、単なる笑いではなく、どことなく人情を感じる。先の取り立て屋のエピソードであれば、ヤクザという悪人が弱い者を助ける。一般的な感覚であれば逆だが、そこに矛盾があり、最低限の心まで失っていないことをも表現している。

 

こういうシーンを見ながら、寅さんシリーズを連想した。もしかしたら、寅さんを意識しながら制作した映画かもしれない。龍三と寅次郎。3と2の違いである。

 

仮にそうだとすれば、個人的には「龍三と七人の子分たち」の方が好きである。理由は簡単だ。龍三たちの方がリアルな人に近く、単なるエピソードの連なりだけで、物語が成立している訳ではない、と感じるからだ。

 

また、映画タイトルから察せられるように、黒澤明「七人の侍」をも意識しているかもしれない。日本のアクション映画では、最高峰であろうと思うが、北野武監督も高く評価している。カーアクションは、馬を車に換えた「七人の侍」へのオマージュとも読み取れる。

 
 

 
 

「龍三と七人の子分たち」は、全体的に見れば、すでにベテランの域に達している作品であろう。笑いもあり、人情もあり、下町が舞台でもあるので、記事タイトル通り、下町人情喜劇である。

 

同時に味わい深さもある。元ヤクザたちであるのに、結局、自分たちを犠牲にし、悪どい若者たちを成敗してしまった。ビートたけし演じる刑事が、犯人の一人を殴るシーンは、それを象徴しているようにも思う。

 

こういうところに、北野武監督の優しさを感じ、クサイ話をさりげに作る彼らしさもある。「菊次郎の夏」に通じるような映画でもあろう。そして、どこかしら人の良心を信じていたいという意思も感じられ、それには人の悪も見なければいけないという思いも伝わって来るようだ。

 
 

 
 

見終わってから時間が経つにつれ、妙な心地よさが湧いて来た。この点は、全くテーマが異なる「Dolls」などと似たような感じだった。ただし、京浜連合との直接対決が映像に出てくるまで、少し長いように感じた。

 

龍三たちの紹介や再開、彼らだけのエピソードが少々縮められていても十分伝わったのでは、と思う。しかし、全体的に見れば、先で述べたように味わいある下町人情喜劇である。寅さんシリーズ以上の質の高さを感じる。

 

そう言えば、「龍三と七人の子分たち」には、街宣車や特攻服なども出て来る。色々な考え方があるが、「Brother」などを鑑みると、北野武監督は先人の意思を十分理解しているのでは、と感じた。こういうことは、寅さんシリーズではあり得ないかもしれない。これもまた、「龍三と七人の子分たち」を支持する理由の一つでもある。

 

今回はこれまでである。相変わらず中身が薄いが、何らかのお役に立ったのであれば、幸いである。次回もまた、不定期更新だ。