69回目の8/15

日付としては昨日になるが、69回目の8/15を迎えた。言わずと知れた終戦記念日である。もちろん、わたしは、戦後育ちであり、日本経済が高度成長を完成させた時期に生を受けている。当然、リアルタイムでの終戦を知ることはない。けれども、今から約30年前、わたしの友人が溺死した。日本海で海水浴中である。 その日が8/15である。毎年墓参りをしていたが、種々の理由から、近年は行けなくなった。昨日がどのような状態になっていたのか、皆目わからない。しがない在宅仕事を選んでしまい、亡くなった友人にもまた、迷惑を掛けている。時間と暇ができれば、是非また墓参したい、と常に思っている。

 

しかし、これは、あくまでプライベートなことである。もう一つ、やはり、8/15といえば、日本全体における特別な日であり、毎年各地で追悼集会などが行われている。おそらくテレビでは、相変わらず、お決まりのフレーズなどを流しているのだろう。わたしは、BBCを見るようになってから、地上波のテレビを見なくなったので、詳細は知らないし、知りたくもない。けれども、ネット情報などを見る限り、以前のテレビと何ら変わらないようだ。そうは言っても、全く見ないというのは、ウソになる。スポーツ中継と好きな歌手が出ている音楽番組については、例外である。けれども、通常、ブルーレイレコーダーに録画し、余計な部分をカットした後、ゆっくり視聴している。よくよく見れば、四十半ばを過ぎたオヤジで、良い年したわたしでも、すっかりネット住民と化している。しかし、そんなしょうもない、わたしでも、やはり、8/15には、特別な思いがある。

 

先の友人は、偶然と言えば、偶然である。けれども、そんな偶然が生まれることが、どこかしら縁を感じさせる。8/15以前のことについては、祖父が健在の時に、少し聞いたことがある。わたしの母も、幼かったとはいえ、記憶に残っていることがある。当然、祖父からは、もう聞くことができないが、母からは折りを見て、改めて、じっくり聞いてみたい。そうして、当時がどんな状況であったのか、全く知らないわたしでも、想像してみたい。もちろん、自分が想像できる範囲など限られている。おそらくわたしと違った方法で、知識などを得ているのであれば、異なった見解が出て来るのは、当然である。そうであっても、やはり、わたしは、日本というものから先の大戦と当時の人々を見つめていたい。

 
 

浅薄な学びであったが、歴史を知るには、当時の人の気持ちになるような想像力が必要であると、ディルタイが言っていた。そうすることで、有名なカーの「歴史とは現在と過去の対話」ができるようにも思う。現在の尺度でばかり歴史を見るのは、誤った道筋を付けるような気がしてならない。それこそ、過去の人々を冒涜しているように思う。わたしの祖父は、2度の渡満経験がある。どちらも、満足な思いで帰国したわけではないが、人生の中で、もっとも楽しかった思い出が満州であると語っていた。現在では、こういう祖父の思いについて、毛嫌いする人もいるかもしれない。しかし、歴史とは、時代が変われば見方も変わり、もしかしたら、経験した人でも考えもしなかった見解が生まれるかもしれない。だからこそ、歴史は物語にもなり得るのだろう。当時を想像しながらも、今と対話をするからこそ、新しい見解も生まれるのかもしれない。それを考えれば、やすやすと先の大戦を否定することはできない。多くの犠牲者が出たからこそ、それが大事なのではなかろうか?

 

わたしは、日本で生まれ、日本で育った者である。確かに、違った国で生まれていれば、当然、日本人ではなかったろう。あるいは、国というものもまた、一つのフィクションであり、存在しているのは、人々が存在していると思っているからでもあるだろう。目に見える物質以上に、そこにあるかのように存在している。そうして、「私」という不思議な生き物もまた、永遠の謎であるかもしれない。しかし、いや、おそらくそうであるからこそ、主観から免れることはできず、先の大戦を考える場合も、そうである。このため、わたしは、先の大戦をこう呼び続けたい。レッテルを貼る人々も出て来るかもしれないが、分かる人には分かるであろう。

 

大東亜戦争。

 

今、少しずつ、変化し続けている日本人が出て来ていることを、日々感じている。

 

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